カストロとは誰か
1966年に岩波書店から出た単行本の文庫化。
カストロがバチスタ政権を倒し、アメリカの支配からキューバを離脱させたのは1959年のことである。それから数年後に現地を訪れた堀田氏が、カストロとその政治について見聞きし、分析したのが本書。
現地のガイドに連れられ、農場や工場を訪ね歩く。カストロ本人とも、ほんの少しだけ会う機会がある。また、カストロの演説などをもとに、彼の政治の内側に迫ろうとしている。
考察そのものは鋭いし、読んでいて面白い。しかし、40年たった現在から見ると、その分析が正しかったのか、いささかの疑問が残る。
熱に浮かされたようにカストロ政権への期待を語る。その若さと勢いを楽しむべきなのかも知れない。
間違っても紀行文ではないので、ご注意。
「紀行」では終わらない一冊
革命数年後のキューバを見た堀田善衛が書いた本作。タイトル通りの紀行文に終わるはずはなく、そこに住む人々や指導者カストロへの感情、キューバという国を通して見たアメリカ中心的世界の歪み等まで、内容は多岐にわたる。対象とは一歩距離を取り、知識人としての姿勢を保とうとしつつも、しかしぐいぐいと引かれていく堀田氏自身の心の動きも感じられて面白い。 今の感覚から見ると言葉も内容も非常に慎重に選びすぎている気もするが、本書が刊行されたのは1966年である。改めて作者の視点の普遍性を感じる。
キューバに見るアメリカの裏側史
作家堀田善衛氏が革命後のキューバを訪れ、「アメリカ経由の新聞記事」でなく、現地の空気に直接触れた印象を綴った旅行記。アメリカの資本あるいは政治的思惑に翻弄されてきたキューバに、「人間としてまともな生活」(p.58)を取り戻す対抗運動として、革命家フィデロ・カストロが現れたこと、革命が隆起してきたことなど、革命に至る経緯を作家の目で観察している。この本の特徴は、近代キューバ史を描写が、同時に、北方の強大国アメリカの政治的・経済的な支配構造の描写、アメリカの思惑に小さなキューバがどれほど翻弄されてしまったのかの描写となっている点にある。この点、アメリカを考えるにも興味深い考察となっている。 ただ気になる点を挙げるとするならば、キューバ人へ接近する姿勢が今ひとつ踏み込めていないような気がする。例えば、苦しみの歴史を生き抜かなければならなかったお婆さんに、歴史から受けなければならなかった悲しみの本質を尋ねようと考えるも、お婆さんが「通りすがりの一夜の旅の者には、たとい話して聞かせても、この気持ちはわからぬということを、知っていたのではないまでも感じていた」(p.207)のであろうと推測するばかりで、堀田氏は敢えて問いかけようとしていない。 良識的な作家として、悲しみの領域にズケズケと入り込まない姿勢を保っているかも知れないが、良識を伴うことでキューバ人により深く共感するができるだろうし、もう一つ踏み込むことで著者のキューバ観もより深められたであろうと思う。そんな風に考えられるだけに、何とも残念なのである。
集英社
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